2025.05.25 01:305/25 「この祈り」 三浦 遙 聖句:マタイ6:1-15キリスト教会で毎週祈られる「主の祈り」。その祈りについて弟子達に教える様子を描いた今回の箇所では、祈りの中でどのようなことが必要となるかを教えてくれます。祈りの中にある「負い目を赦してください。私達も赦しまたように」という言葉は、神との関係において特に重要なものです。偽善的で一方的な祈りではなく、「赦し」の実践を通して神との関係を見つめて...
2025.05.18 01:305/18 「内におられる」 三浦 遙 聖句:ヨハネ14:1-11 「心を騒がせてはならない」というイエスの言葉は、裏切りの予告や訣別の言葉を受けた弟子達の不安を見通しています。そして、「信じなさい」という言葉や「あなたがたのための場所」という言葉で安心を与えようとしていました。しかし、イエスもまた心を騒がせている様子が13章の裏切りの予告の場面で描かれていきます。ここでの弟子達への言葉は、自身の受難を...
2025.05.11 01:305/11 「再建の主」 三浦 遙 聖句:ヨハネ11:17-27 ヨハネによる福音書11章には、ラザロの死と復活をめぐる劇的な物語が描かれています。イエスと親しかったベタニアの三姉弟、マルタ、マリア、ラザロ。そのラザロが病に倒れたとき、姉妹はイエスに知らせを送りますが、イエスはすぐには向かわず、二日間留まりました。イエスの取り巻く環境には多くの迫害者がおり、弟子たちにとっても動くことは避けたかったので...
2025.05.04 01:305/4 「見えないけれど」 三浦 遙 聖句:マタイ12:38-42 マタイによる福音書12章38〜42節では、律法学者たちがイエスに「先生、しるしを見せてください」と願う場面が描かれています。これは彼らがイエスの教えに心を動かされながらも、しかし完全には信じきれない様子を表していのでしょう。「あなたが神の子なら、その証拠を見せてほしい」という学者らの願いは、まさに信じたいけれど確信が持てないという、人間...