2026.08.16 01:208/16 「キリストを着る」 三浦 遙牧師 聖句:エフェ4:17-32 今回の箇所で心に引っかかったのは、22節の「古い人を脱ぎ捨て」という言葉でした。過去を、これまでの自分を、丸ごと否定されるようで戸惑いを覚えます。けれども、これは過去そのものを否定する言葉ではありません。主イエスが「新しいぶどう酒は新しい革袋に」と言われたように、新しい命を受け取るための、ふさわしい器を整える、いわば準備として...
2026.08.09 01:208/9 「家族という族」 三浦 遙牧師 聖句:エフェ5:21-6:4 8月9日、長崎に原子爆弾が落とされた日に、礼拝を守りました。数年前に長崎の平和公園を訪ねた折、「力強い男性の像を平和の象徴として立てていることに違和感を覚える」という言葉に出会い、「平和とは、力によっては示しえないものではないか」という問いを与えられました。本日のエフェソの信徒への手紙5章21節から6章4節も、実はこの問いと響き合います...
2026.08.02 01:208/2 「主われを愛す」 三浦 遙牧師 聖句:ヘブ12:3-13 8月の第一主日を、わたしたちの教団は「平和聖日」と定めています。80年余り前の惨禍と戦争の記憶を心に刻み、平和を切に祈り求める日です。けれども正直に申せば、どれだけ訴えても世界の争いは止まず、わたしたちは平和を求めることに疲れ、諦めそうになる。そんな弱さを抱えて、本日はヘブライ人への手紙12章3〜13節「主による鍛錬」に聴きました。「主...