3/15 「心に留める」 三浦 遙牧師  聖句:マルコ9:2-13

 今回の箇所は、受難予告の6日後の出来事です。イエスはペトロ、ヤコブ、ヨハネの3人だけを連れ、高い山に登られました。山は天に近い神聖な場所とされており、この3人は他の箇所でも、少女の蘇生やゲツセマネの祈りに立ち会う弟子たちです。弟子の優劣ではなく、イエスの隠された姿を知る証人として、この場に招かれていたのでしょう。

 山の上での出来事は劇的なものでした。イエスの姿が突然白く輝き始め、天からエリヤとモーセが下ってきてイエスと語り合います。この光景を目にしたペトロは、恐れと驚きの中で思わず口走ります。「仮小屋を三つ立てましょう。」するとそこに雲の中から声が聞こえました。「これはわたしの愛する子、これに聞け。」イエスが洗礼を受けた時にも響いたこの言葉を、弟子たちはこの時初めて耳にしたのでした。旧約の偉大な指導者たちとの交わり、輝く姿、そして神の声を通して、イエスが神の子であり救い主であることが示されます。

 しかし、これらのことを通しても、弟子たちはこの出来事を理解しきれませんでした。「彼らはこの言葉を心に留めて、復活について論じ合った」とあるように、理解できないまま、ただ心に留めてイエスと共に歩んだのです。「エリヤが来たのに、人の子が苦しみを受けるのはなぜか」という問いは、弟子たちだけでなく、当時の信仰者たちにとっても難解なものであったでしょう。それでも彼らは、理解できないことを心に留めながら、イエスと歩み続けました。

 受難節にこの箇所を読むわたし達も、同じではないでしょうか。神様の栄光や計画は、わたし達の理解の及ばないものです。この1年間、度々示される苦難の中で、信仰が揺らぐことがあったかもしれません。しかしそれでも、み言葉を心に留めて歩んでいくこと。理解できなくても、信じて共に歩んでいくこと。弟子たちがそうであったように、わたし達もまた、その歩みを続けていきたいと願います。

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