3/5 「線引きを消して」 三浦 遙 聖句:ルカ11:14-26
先日行われた性に関する講演会の中で「線を引くのはわたし達、その線を消してくださるのが神様です」という言葉がありました。まさにその通りだと思わされます。今回の箇所で、イエスが悪霊に取りつかれた人々を癒しておられた時、その場にはイエスを悪霊の頭と批判する人々や、神のしるしを求める人々が居ました。この悪霊の頭と批判する人々は、自分たちこそが神の側であって、自分たちと違うイエスを否定し、受け入れられずにいます。また、神のしるしを求める人々はイエスが神の側か悪霊の側かと見定めようとしている傍観者でもありました。しかし、そんな人々にイエスは「内輪で争えばどんな国も亡びる」と応えています。サタンの力でサタンを追い出しては元も子もないだろうと、そんなことをしていたら悪魔の国であっても成り立たないと示し、そんなことを言っていると、あなた方自身が内輪もめを起こすぞ、と警告をしています。しかし、神から遣わされたと信じるならば、あなた方は神の国に近いとも伝えていました。
ここでのイエスは、結局あなたがはどちら側なのか、どこに立っているのかと問われている。それは同時に、ただの傍観者何て立場は存在せず、あなた方こそが当事者であると示すものでもあります。性についての講演会の中で性差別のお話もありました。様々な「差別」を良しとし、公に行う人々も少なからずいますが、それだけではなくただ傍観者として「差別」を見過ごし、時に助長してしまっている人々も多くいます。それはわたし達も同様です。そうではなく、自分たちが勝手に線を引き、自分と違う人々を追い出したり、関係ないと線を引いて距離をとることをイエスは良しとしない。その様な勝手な線引きをイエスは取り除き、皆が皆、違いがあって当然だけれども、そんな違いで分断していくのではなく、共に受け入れ合って、愛し合う世界を示してくださるのです。線を引くのはいつもわたし達、しかし、その弱さを受け入れ御手の働きによって導こうとされる神様がおられる。どうか、違いを否定し、分断する生き方ではなく、共に手を取り合って歩むことが出来ればと願います。
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