5/17 「昇天と実現」 三浦 遙牧師 聖句:ヨハネ17:1-13
先日、大阪教区総会が行われました。議題に上がった一つに、沖縄の基地建設に反対する声明と、憲法9条改正に反対する声明についての議論がありました。それに対し「信仰と政治思想とは一緒にできない」という反対の声も出される中、平和を願うこと、争いの中で苦しみを抱く隣人を覚えて祈ることは、政治思想ではなく、まさに信仰の祈りそのものではないかと思わされます。声を上げ続けること、声を掛けていくことの大切さを、改めて思い起こさせられた2日間でありました。
本日のヨハネ17章は「大祭司の祈り」と呼ばれる、十字架を目前にしたイエスの祈りです。ヨハネ福音書は紀元90年代、ローマからもユダヤ教の会堂からも厳しい迫害を受け、最初の弟子たちも次々と地上を去っていく中で読まれていました。「これからどうなるのか」と大きな不安を抱える「世に残された者」へ向けて、力強い励ましとして響いていた言葉だったのです。3節では「永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ること」と祈られています。聖書において「知る」とは、深く関わり共に歩むという関係性の言葉。永遠の命とは、神様との繋がりの内に生きること、そのものなのです。
11節では、世に残される弟子たちが御名によって守られ、互いに一つとされていくようにと祈られていました。イエスが天に昇られることは、別れであると同時に、地上に残された弟子たちを通してその御業が世界へと広がっていく「実現」の始まりでもあります。来週のペンテコステ記念礼拝でも、その出来事を共に覚えていきます。苦しむ人の傍らで祈り、その声を世に届けていくこと。それは、世に残されたわたし達に託された信仰の祈りです。沖縄で、ウクライナで、ガザで、また私たちのすぐ隣で痛みを覚えて歩む人を忘れず、覚えて祈り、声を掛けていく。新しい一週間も、主の祈りの内にある者として、平和を願い、隣人と共に歩んでいくことが出来ますように。
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